Dec 25, 2005

農地と借家が決まって

就農準備の大きな一歩。
先週、12月中旬までに、使わせていただく農地とお借りする家が一応、決まった。

秋頃から具体的な話があって実際に見せていただき、前向きに検討させていただいていたもの。
その後、電話や手紙では「お願いすることになりそうです」という返事をしてはいたが、なかなか現地を再訪する時間がなく、ようやく今回、農地と借家の両方をお世話くださった方を交えて家主さんにもお会いし、正式に返事をすることができた。

この間の事情はこのブログに実はあまり書けていない。
いつか整理して……とは思っているが、とりあえず、結果の概略のみ。

農地は地目「田」がほとんどで、4か所の十数枚、計約9反。
うち約6反は畑作に、約3反は自給プラスαの水稲に用いる予定。その他に、修理が少し必要なビニルハウスが約5畝。概ね半径500m圏内に集まっており、その中心付近に位置する借家は農業用倉庫付きの二階建て古民家。

実績のない百姓志願者に、過分な環境だと思う。
様々な出会いがあり、多くの厚意に支えられた。それは、例えば1年前には想像しなかったものだ。動き出した。自分の力だけでは動かないものが、動き出した。

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Aug 12, 2005

就農準備、本格始動。(5)

就農準備の帰省、最終日。
午前は、JAの直売所を中心に露地野菜で経営が成り立っているというモデルとして名が上がっていたSさんを尋ねる。これも県農政課と市農水課のご手配によるもの。

挨拶の開口一番、「38歳? うちの娘と一緒くらいか」。
名前をうかがうと、高校の同級生。向こうはきっと忘れているに違いないが、またも同級生つながりができた。

このSさんの話を聞いて合点がいった。
今回の帰省でずっとわだかまっていた、というか、腑に落ちないことあり。それは、露地野菜中心にやっているという農家がいるのに、市内を歩き回ると、畑が少ないことだ。

要するに、この辺りは夏の産地ではないのだ。
全国の消費地に対する産地として、この辺りは高校の同級生Y氏のいうように「冬が得意な土地」なのである。研修先のように一年中その一家の食卓を預かるという視点に立てば、夏が得意とか冬が得意とかいうような観点はそもそもないと思われるが……。

午後、市内の2件取材。
養鶏業を営むS氏に鶏糞堆肥の件、それとトマトで有名なH氏との面会。いずれも市農水課Tさんのフットワーク軽い提案から実現したもの。就農の手続きには直接関わらないが、こういう出会いはこのうえなくうれしい。市のTさんは、僕のプロフィルと就農計画の資料をさっと読んで、それなら……とすぐにひらめいたに違いない。僕はこういう感性をとてもありがたく思うし、これからも大切にしたい。

いったん帰宅し、夕食はカレーライス。
約10分歩き、19時半頃の夜間高速バスに乗る。車中、缶ビールでひとり乾杯。現実的な成果はなかった、のかもしれないが、そんな現実の中に身を置くことができた今回の帰省。多くの出会いがあった。

お盆の帰省ラッシュと逆方向にバスは走る。
土日を自宅で過ごし、月曜からは再び研修の畑に立つ予定。

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Aug 11, 2005

就農準備、本格始動。(4)

就農準備の帰省4日目。
滞在残り2日となり、午前中は実家のパソコンに向かい、諸々の記録の整理や今後の見通しを立てる作業。

午後から、母の従兄弟の家に出向く。
昨日の農業委員会会長との面談で名を挙げた「親戚筋の農家」。減農薬米で都市部への直販などを早くから手がけ、地域でもその規模と先進性が評価されていた(他方でもちろん様々な”声”もあったらしい)と聞くK氏。就農にあたり一度挨拶にと思っていた矢先、昨年急逝された。

今回は新盆のお参りを兼ね、夫人に挨拶。
まだ歩かぬ孫娘をあやしながら、30年の苦労を淡々と語り、しかし先駆者の気概と誇りに満ちた夫人の姿に打たれる。一度も本人に会うことができなかったことが、ますます悔やまれる。農地はすべて人に貸している状態とのことだが、織り込み済み。とにかく話を聞くことができてよかった。

「大変だけど、農家はおもしろいよ」。
帰り際の叱咤激励をありがたく胸に刻み帰路につく。

夜、県内に住む兄がひと晩だけ帰ってきてくれる。
明日の出先の仕事への中継地として実家がちょうど便利とか。就農準備の現況を話す。規模、作目、経営計画、資金など、あらためて簡潔にまとめて話すことで、自分自身の整理ができる。

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Aug 10, 2005

就農準備、本格始動。(3)

就農準備の帰省3日目。
午前中、市内中心部を流れる川のやや上流方面の農地の様子を見てまわる。

この地域も水稲中心。
緩やかな棚田状に山裾へと小さな区画の田んぼが広がる。畑作はやはり少なく、時折、茄子や大豆が1~2畝単位でまとまっている程度。市街地からは4~5キロ離れているが、放棄地と思われる田畑はほとんどない。

午後は、農業委員会会長との面談。
一昨日の県普及課や農業委員会事務局ほかの方々との話し合いの結果、農地についてはまず会長に相談するということになり、2日後に早速設定されたもの。

会長からの助言は「兼業農家」案。
どこかに就職して「8割くらいはそこで稼ぎ」、あとは「趣味程度」に農業すれば、とのこと。こちらは全くその気はないから、きっぱりと否定すると、「それなら露地野菜しかないな。金のかかる施設はダメ」。そして、「構想にある”少量多品目”は一番いい。直売所に毎日欠かさず出荷していけば、いくらでも売れる。ただし、値が高い、品が悪いはダメ」。

有機農業についても当然、否定的。
「無化学肥料はいいけど、無農薬は無理だ」。しかし、「栽培方法のことは先のこと。まずは土地だ」と割り切ってくれ、「親戚に農家があるなら、そちらを先にあたってからに」との指示。あるにはあるが、先方の状況があり、就農に際してお世話になることは考えていなかった。が、こういう話になってしまったからには、とりあえず話をしてみるしかない。明日挨拶に行くことになった。

夜は中学校の同級生O君と約20年ぶりの再会。
彼は農学部を出て教員になり、現在はたまたま市内の農業高校にいるのを同窓会名簿で見ていたので、連絡をとってみた次第。聞くと、「野菜」を教えているという。さらに偶然だが、今回の帰省でもお世話になっている高校同級生の農家Y君は高校時代同じクラスだったという縁があり、3人で飲もうということになったのだ。

居酒屋からショットバーへ。
二人から約5時間にわたり厳しい助言を受け、多大な収穫を得た。

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Aug 09, 2005

就農準備、本格始動。(2)

就農準備の帰省2日目。
朝6時頃から自転車で市内東部をひとまわり。この辺りも農地のほとんどに稲が育っており、やはりその1~2割にはすでに穂が実っている。

野菜畑はどこも小さい。
同じ品目が1aまとまっているところさえ見つからない。多いのは里芋、サツマイモ、大豆、葱、とうもろこし。茄子がたまにあり、トマト、胡瓜、インゲンなどは見当たらず。

小学校区4つ分ほどで約2時間。
ラジオ体操の終った子どもたちが、首からカードをぶらさげたまま、人気のない商店街のアーケードで遊んでいる。

帰路、JAの地場野菜直売所に立ち寄る。
地元の農家が自ら値付けした野菜や加工品などを軽トラで持ち込み、開店準備の真っ最中。売れた分から手数料を差し引き、夕方に売れ残りを引き取りに来る仕組み。

駐車場には数台のトラック。
行き先別の看板が掲げられており、こちらに荷を乗せれば、近郊他市のスーパー数店に常設されたコーナーに並べてくれる。しばらく見学し、野菜の種類や値段、生産者の名前などを頭にインプット。

朝食後、テレビで甲子園の観戦。
地元県代表校は余裕の初戦突破。県大会決勝で僕の出身校を破っての出場だから、出た以上は全国制覇してほしい。

午後、親戚に挨拶に出向く。
元農家だが、その後は商店経営を経て現在は数々の趣味に生きているような伯父。就農の件を伝えると、自身の昔話や古今東西の逸話で叱咤激励してくれた。土産に枝豆をいただいて帰る。

夜は高校の同級生と二人で飲む。
兼業農家の息子で役所勤め。ふとしたきっかけから、彼にだけは早くから就農のプランを話していたので、今回は正式に動き出した旨の報告と今後の協力依頼。彼の小中時代の同級生が包丁と算盤をふるう店で美酒、美味に醉う。

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Aug 08, 2005

就農準備、本格始動。(1)

朝6時半過ぎ、夜間高速バス到着。
5か月ぶりの故郷、盛夏の帰省は何年ぶりだろうか。生まれ育った町で就農の具体的な準備を進めるため、研修先に1週間の休みをいただいた。

実家で朝食をとり、鬚を剃る。
久しぶりのワイシャツとネクタイに着替え、8時30分の始業にあわせて県の地方局へ。

今春から地元の普及センターが統合され、「連絡所」となった小さな事務所に入る。
就農支援の窓口となっている農政普及課の担当者2人、市の農水課から1人、市農業委員会から事務局長含めて2人、そして地元JAから1人。これだけの方々が、盆休み前の忙しい時期に集まってくださった。

県の普及員の方との面談は昨春以来4回目。
今回は具体的な農地探しの第一歩で、こちらの希望を伝え、さまざまな立場の方がどんな役割を担って進めていくかを話し合ってくださる。

約1時間で話し合いが終了。
数日以内に農業委員長と私との面談を設定すること、普及員は経営計画の細部を詰める助言をすること、JAは中古の農機具・設備探しを支援することなど、おおまかな役割分担ができた様子。

午後、実家近くの農家見学。
ここは昨年5月、普及員の手配で「数年前にUターン就農した若い農業者」というモデルとして見学させていただいたところ、たまたま高校の同級生だったという縁があり、以後はこちらで連絡をとり、今回は3度目の訪問。

露地野菜を年間約70品目栽培。
無農薬・無化学肥料ではないが、僕の考えている営農スタイルと重なるところがある。その畑の「夏の姿」を見たいというのが今回の趣旨だったのだが、前にも少し聞いていた通り、冬には野菜畑だったところが、大半が水田になっている。周辺の他の農家の畑もほぼ同様で、8月末に刈り取りという早場米の田も多くみかける。研修先の畑との比較を楽しみにしていたので、かなり肩透かしを食わされたかたちだ。

帰り際、近くの種苗店を紹介してもらう。
品種を決める際には、地元の種屋さんに相談することも多くなるはずだ。いまのうちから顔を覚えておいてもらえると心強い。

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